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歴史・文化

歴史

滔々と流れる黄河が海を埋立て、神秘的な黄河デルタ地帯を作り出しました。
新興石油都市である東営は、万里に渡る黄河の港都市であると同時に、黄河デルタ地帯の中心都市でもある。
市内には黄河の新しい埋立地もあり、古い陸地もあります。
北部に位置する広く新しい黄河の埋立地は、豊富な自然資源で知られており、土地、石油、海洋、観光などの資源に恵まれています。
一方、南部は春秋戦国時代の斉の国だった由緒ある所であり、悠久の歴史と文明を持っています。
東営市は1983年に設立されたもので、現在、東営と河口の二つの区と、広饒、利津、墾利という三つの県を管轄しています。
行政区面積は8,243平方キロ、人口は204万。また、中国で2番目に大きな油田―「勝利油田」と全国重点大学の「石油大学」は東営市に位置しています。
ここは北温帯の半湿潤な大陸性気候に属し、四季がはっきりしていて、日照がよく、雨季と一番熱い頃がほぼ同じ時期にあり、非常によい気候条件です。
東営市は、中国東部に位置する沿海開放都市で、東は渤海に面し、日本や韓国を海を隔てて望んでおり、内陸の広い経済中心地を背にしています。北京、天津と、唐山経済区や山東半島経済区とを結ぶ重要な要となっています。
北京、天津、青島、済南までの距離は、それぞれ400キロ、320キロ、310キロと220キロで、対外開放し、また内陸に影響する地理的優位性が目立っています。
東営市は独特のスタイルを持つ新興都市です。都市建設では、集団式、環境重視型を発展の方向とし、広大な緑地、広い水域と大きな空間という特色を浮き彫りにさせ、市内の大気の環境汚染度は常に2級以上の水準を保っており、市民に清らかで優雅な生活の環境を提供しています。
全市の都市化レベルは52%に達し、市中心部の完成面積はおよそ60平方キロに及び、近代化都市の基礎的な枠組みと、都市と農村の合理的な分布の組み合わせ構造が早い段階で形成されました。
黄河デルタ地帯の発展には、非常に大きな期待がされています。
その開発と建設は、省、国ないし国際社会からの重視と支持を受けており、中央政府は、「黄河デルタの効率的なエコ経済の発展」を、国の第十次五カ年計画に組み入れました。
また、国連の工業開発機関は東営市を、「国際グリーン産業モデル地区」と定めました。ここ数年、胡 涛、江沢民、李鵬、朱鎔基、温家宝ら指導者が、相次いで東営市を視察し、黄河デルタ地帯の建設と発展の速度を急速に早まりました。
東営市が設立されてから、20数年。経済の面では、持続的で迅速かつ健全な発展を実現してきました。
2010年、全市の国内総生産2,360億元にのぼり、2005年に比べて倍増し、年平均14.4%増加して、都市の綜合競争力は全国の25位にランクされました。
一人当たりの収入、一人当たりの銀行預金高、それに、一人当たりの消費レベルは、いずれも長年にわたって山東省上位にランクされています。

独特な黄河口の文化

東営文化の源は人類の先史の時代まで遡ります。
大量の出土文物から、少なくとも5700年余りの歴史があることが証明できます。この土地から傑出した多数の歴史上の人物が輩出されています。 中でも戦国時代の有名な軍事家「孫武」の故郷であり、彼の《孫子兵法》は、今でも世界各国、広範囲に亘り、軍事、経済などの領域で活用されています。
当今、黄河を使って中華民族の古い文化を代表し、海洋を使って現代文明を代表し、東営の文化は、黄河の文化と海洋の文化がとてもうまく融合されています。
5千年の文化の沈積、外来で古い民俗の浸潤、現代工業文明の衝撃、多種文化の集合、衝突、融合により、だんだんと進化し、一つの全く新しい黄河入口文化に形成されました。この文化は雄壮かつ純朴であり、また広く深い学識の海洋文化でもあると言えます。
東営市の文化事業は、発展が速く、図書館、博物館、書画院、芸術館、文化会館などの文化施設が完備されています。各種の文芸団体は都市と農村の至る所にあり、大衆の文化生活は多彩です。東営は、山東地方の伝統演劇―「呂劇」の故郷でもあります。素朴で生き生きとしいる言語、優美で耳に心地良い節回し、多彩な音楽の語彙で人々に好まれ、山東省では代表的な劇の一つとなっています。

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